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chapter,2 + 4 +

last update Date de publication: 2026-02-14 07:50:53

   * * *

「ミチノク嫌い」

「そんなこと言うなよ」

 ベッドで横になっている小手毬の肩まで伸びた髪を、自由は宥めるように撫でる。小手毬がびくぅと身体を硬直させる。

 事故当初は短く切り揃えられていたベリーショートも、今では肩まで伸びた。それでもあの頃の腰まで届く長髪を知る自由は、早く髪が元の長さに戻ればいいのにと思ってしまう。

 小手毬は自由に撫でられるのを嫌がるように、ゆるやかなウェーブを描く髪を振り払う。他人に触れられることに過剰になっているようだ。自由はそっと手を放す。

「ジュウ兄ちゃんがいい」

「気持ちは嬉しいけど、僕はまだ、小手毬の主治医になれないんだよ」

 なれるものなら今すぐにでもなりたいのにと自由はきゅっと拳を握る。小手毬は陸奥が主治医であることを快く思っていないようだ。

 懐いているように見えたのは気のせいだったのだろうか? いや、彼女は精密検査の時間が長くて機嫌を損ねているだけだろう、明日になればけろりとした表情で、「ミチノ
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    「――来ると、思ったわ」 「なぜ、ここに」 遠くから見てもわかる美貌は、涼しげな美人と言われる天よりも鋭く、冷ややかですらあった。天が子どもの頃から変わらない化け物じみた美しい女性は、驚く天の前で、くすくす笑う。「ここはね、ユキノジョーが残してくれた、あたくしだけの場所。ランコですら知らない、隠された遺産のひとつ」 「……ひとつ、ということはまだ、隠されているものがあるわけ」 「そう。貴女が唆しておかしくなっちゃったあたくしの息子とか」 「やっぱり」 自由の行方については特に心配していなかった。諸見里の家に戻るか、彼女に匿ってもらうか、そのくらいしか選択肢がないと思ったからだ。「けど、心外ですね。ジユウがおかしくなったのは私のせいじゃないですよ」 「もともと、と言いたいのかしら。おかしいのはコデマリちゃんだけでよかったのに」 ふふふ、と少女のように微笑む年上の女性を前に、天は訊ねる。「“諸神”の“女神”の欠けた“器”……雛菊さんは」 「いまのあたくしは菊花。諸見里雛菊は死んだことになっているわ」 「そうでしたね、亜桜菊花さん」 たんたんと診療を行うように言葉を並べる天にじろりと睨まれても、菊花は動じない。面白がるように彼女に近づき、細い指で顎を掴む。「な」 「ひづるちゃん」 「……やめてください」 「アカネの家から貴女が出ていったと知ったときは、拍手喝采だったけど。けっきょく情を捨て去ることはできなかったのね。残念だわ」 「き」 「しょせん、あの狸の娘でしかなかったのね。コデマリを生け贄に、すべてをなかったことにしようとして。いけない子」 「じゃあ、どうすればよかったんですか……っ!」 この土地に脈々と連なる因習は、肌から離れない。“女神”に糾弾されて、天の瞳から光が消える。「茜里の鍵を渡しなさい……そう、いい子ね。それから、あたくしの可愛い子どもたちのことはもう、放っておきなさい。貴女の役割は、不要よ」

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     陸奥が意外そうに声を荒げたのを見て、加藤木は面倒くさそうに答える。「赤根一族は“諸神信仰”については受け入れているけれど、彼らのなかでも意見が分かれているのよ。桜庭蘭子が亜桜家を切り捨てたことからでも理解できるように、“器”に精を注いで神を降ろすことが一族の繁栄に繋がると素直に信じている人間の方が少ないわ。茜里病院の院長や瀬尾は狂信的なまでに“諸神”を求めているみたいだけど」 「それが嫌で楢篠先生は実家から飛び出したってことか」 狸と呼ばれている茜里病院の院長は楢篠天の父親でもある。本来なら従弟の雨龍と結婚し、この病院を引き継ぐことになっていたという。だが、本妻とは別に“女神”の“器”に子を孕ませようと画策する彼らを受け入れられず、自分を必要としている楢篠健太郎のもとへ飛び込んでいったのだ。  娘に裏切られた狸だが、それならば雨龍に“女神”の“器”を娶らせようと考えたらしい。瀬尾は狸の命令に従い、小手毬を自分達の病院へと転院させたというのが真実らしい。「それだけでもなさそうだけどね」 「と、いうのは?」 小手毬と日常的に会話をしている加藤木は、この数ヵ月でずいぶんと情報を手に入れたらしい。陸奥が知らないことを当然のようにぺらぺら喋る加藤木を見ていると、このことを良く思わない何者かに刺されてしまうのではないかと心配になってしまう。「前の女神――桜庭雪之丞が諸見里から奪ったという亜桜雛菊、通称“菊花”は、小手毬以外にもうひとり、子どもを産んだとされている」 「諸見里」 陸奥の声が冷ややかになる。すべてを放り出して姿を消した若きエリート医師の姿が、脳裡に浮かぶ。  小手毬が「ジユウお兄ちゃんだけはダメ!」と拒絶した理由。  すべてが繋がる。  そうか、やはり、あのふたりは――……。「陸奥センセの想像通り。ジユウくんの、産みの母もまた、“女神”だった、ってわけ」   * * * 定時の合図とともに白衣を脱いだ楢篠天は、ようやく沈み出した夏の西陽から逃れるように病院の裏口から

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     陸奥はバカバカしいと抵抗していたが、小手毬が駄々をこねたとかで、十日に一回ほど、彼は小手毬の病室で初心な身体に快楽を教えているらしい。彼のことだから本気になることはないだろうが、罪深い役回りである。「陸奥先生はコデマリに優しい?」 「たぶん。ときどき意地悪する、けど」 転院当初よりも女性らしくなった小手毬を見て、加藤木は何も言えなくなる。幼馴染に叶わぬ恋をしながら、ほかの男に身体を捧げなくてはならない“女神”の“器”。最後まではしていないというが、小手毬は男性医師たちの手で確実に女としての悦びを教えられている。あくまで医療行為だと、陸奥だけは言い訳していたが、もはや逃れられないと悟ったのか、近頃は小手毬に対する態度を和らげている。  いまだけの歪んだ関係。  それでもこのことを自由が知ったら発狂するだろう。「だけど、ミチノクは“器”の適合者じゃないから、それ以上のことはできないよ。いまだってお薬や道具を使って身体反応を観測することが多いし。ウリュウなら直接関係を持っても問題ないって言われてたけど」「直接、ってそれはそれであからさますぎるわ」 加藤木は非科学的なことを平然と口にする小手毬に辟易してしまう。けれど生まれた頃からそれが当たり前のものであると刷り込まれている彼女からすると、この土地へ外から入ってきた加藤木や陸奥の方が異質な存在なのだろう。 この地域特有の信仰として、“諸神”の存在はいまも密かに語り継がれていた。それを商売道具へ変換させたのが桜庭雪之丞と、彼に金で服従した亜桜の一族だ。もともと神社を管理していた亜桜の人間は“巫”としての素質があったため、氏神をその身に降ろすことができたという。いつしかそれが、一族の女のみにしか受け継がれなくなり、その特別な女性を“女神”と呼ぶようになった。だが、“女神”は選ばれた男の精を受ける“器”としての役割が課されている。小手毬はその男と娶せられる運命を背負っている。  赤根一族は雨龍にその役目を負わせようとしているのだと本人が言っていた。けれども雨龍にその気はないという。  加藤木は誰が小手毬を狙っているのか、すべてを把握しきれていない。「ジユウお兄ちゃ

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,3 + 11 +

     季節は八月の終わりを迎えようとしている。小手毬は十九歳になっていた。  小手毬が茜里第二病院へ転院してから、すでに三ヶ月。転院してすぐは異なる環境に馴れることができず、病室で寝てばかりいた小手毬だったが、真夏の暑さが和らいできた最近は病室で瀬尾や雨龍と過ごすだけでなく加藤木とともにリハビリと称して車椅子から降りて病棟内を散策したり、病院の周辺の裏庭を散歩したりと、少しずつだが身体を動かしはじめている。「あ、赤とんぼ」 「山の方だからもう飛んでいるのだね。アキアカネかな」 「アキ、アカネ」 赤根一族の「秋」によって設えられたこの病院は、小手毬を閉じ込めるための虫籠のようだと、加藤木は苦笑する。外界との接触を絶たれた彼女は、この異質な状況をおかしいと訴えることもせず、いまも無邪気にとんぼを目で追いかけている。  転院初日に身体検査を行って以来、陸奥は茜里第一病院へ出向を命じられ、第二に顔を出すのは十日に一度ほどになっていた。  その代わり。「ウリュウ、先生が教えてくれたの。とんぼの生殖行為について。とんぼは一匹のメスをたくさんのオスが追いかけまわして、そのうちの一匹がメスに子種を注いでも、ほかのオスがメスを奪ったらすべて掻き出されて、新たな子種を注いでいくんだって……どのオスも必死になってメスのなかに子種を残そうとする、子孫を残す、そのために」 赤根雨龍という男が、小手毬の専属医として新たに加わった。  下手すると陸奥よりも若く見える青年だが、この病院の後継ぎだということもあり、病院内外の情報にも詳しい。加藤木はそこで、一族から飛び出し雨龍との結婚を拒んだという楢篠天のことや、赤根一族と諸見里本家の確執を知ることになった。  旧くから伝わる“諸神”の真実も。 ――飄々としていて油断ならない不思議な男だったわ。楢篠先生が男だったらきっとこんな感じ……そりゃそうか、ふたりは従姉弟だって言ってたし。「あの食えない先生ね。可愛いコデマリにしょーもないことばっかり教えやがって……」 「だけど、わたしの身体が元に戻ったら、とんぼのメスになるのは本

  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 3 +

       * * * 「ふぅん。それで、キミはどう思ったんだい?」 「どうにもこうにも。オレはあくまで看護師であって、医者ではないからなんとも」 「医者である私がいいと言ってるんだ。言いなさい」 「天は強引だなぁ」 病院内の食堂で、ピンクの白衣を着た女医と、看護師の男性が並んでいる。ふたりの名札には「楢篠」の文字。彼らが夫婦であることは周知の事実だ。  今日の定食のおかずであるブリの照り焼きに箸をつけながら、楢篠天ははぁと溜め息をつく。  病院というのは意外と出会いの少ない職場

    last updateDernière mise à jour : 2026-03-21
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 11 +

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    last updateDernière mise à jour : 2026-03-25
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   chapter,2 + 9 +

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    last updateDernière mise à jour : 2026-03-24
  • 闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う   閑話 Love Anesthesia ~ i f ~ (1)

    これは、本編とは異なる世界線で繰りひろげられたかもしれない物語。設定上本編とはリンクしておりませんのでご了承ください(とはいえ一部ネタバレ注意?)。 幼い小手毬視点で物語が進みます。彼女に手を焼くミチノクにご注目ください。   * * * * * 失恋の痛みをなくすお薬をください。  ずっと、ずぅっと暖めていた大切な気持ちを全部、なかったことにできるような。  綺麗過ぎて触ることさえ躊躇われた硝子の造花のように、脆くて結局手を滑らせただけで割れて、砕けて、壊れてしまった恋心を、一瞬で消してしまえるような。  彼方と出逢った事実を記憶の外に追いやって、何事もなかったように今日もい

    last updateDernière mise à jour : 2026-04-03
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